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ピエール・ボナール「コーヒー」(Le Café) その③<最終回>

ピエール・ボナール「コーヒー」③です。

ボナールは、1867年、フォントネー・オ・ローズで、陸運省に勤める役人の家庭に生まれました。最初は法律家を目指して勉強していましたが、小さい頃から好きだった画業への思いが断ちがたく、アカデミー・ジュリアンという画学校に入り直し、そこでポール・セリュジエ、モーリス・ドニら新しい絵画を目指す画家たちと知り合います。その後パリの官立画学校に進み、エドゥアール・ヴィヤールなどとも知り合い、ポール・セリュジエが提唱した「ナビ派」に加わります。若い時に感銘を受けたのは、ポール・ゴーギャンの平面的で色彩の鮮やかな画風でした。

ボナールという画家は、室内風景や肖像、裸婦など日常世界に属するきわめて身近にある事物を多数描いていますが、その中でも特に作品数が多いのは、後に妻になる女性マリア・ブールサン(通称マルト)をモデルにした絵です。
前回掲げた「コーヒー」の絵も、1915年制作時、フランス、ウール県ヴェルノンでボナールとマルトが同棲していた家で、マルトがコーヒーを飲む姿を描いたものでした。この当時ボナールは48歳、マルトは46歳です。

ボナールがマルトと知り合ったのは1893年、ボナールが26歳の時でした。この時以降、ボナールのキャンパスに描かれた女性は、ほとんどがマルトばかりです。横たわるマルト、座っているマルト、入浴するマルト、裸体のマルト、食事をするマルト、と日常生活を送るマルトのさまざまな姿をボナールは描き続けました。

実はマルトは若い頃から秘密の多い女性でした。パリの街の通りを横切れずにとまどっている彼女をボナールが手助けして導いてあげたのが、2人の出会いです。その時、彼女は、自分は16歳で、マルト・ドゥ・メリグニーという名前だと名乗りました。貴族の女性っぽい名前です。しかし、実際は、彼女は24歳で、マリア・ブールサンというのが本名でした。彼女は、地方の貧しかった家族と離れパリに出てきたばかりの女性で、新しい名前を自分で自分に名づけ、年齢もサバを読んで新しい自分を作り上げようとしていたのです。過去と決別し、まったく新しい自分に生まれ変わりたかったのでしょう。
ピエール・ボナールは、彼女に自分の絵のモデルにならないか、と誘います。大概の画家の恋物語は、このセリフで始まるのがお約束です。

2人はすぐに同棲するようになりました。しかし、このマルトの嘘は長いこと続いていたようです。研究書によると、マルトは、強迫性障害があり、不潔恐怖のため1日に何度も入浴して体を洗っていた、ということも記載されています。浴場での裸婦ポーズの絵が多いのは、どうやらそのせいらしいです。

どうもマルトについてのボナール研究書の記述は、あまり好意的な書き方になっていませんが、とにかく、マルトがいなければ、ボナールはここまで必死に女性の絵を描くことはなかったと思います。画題があり、それを絵に描きたいという衝動が絵画作品を生むわけです。ボナールがマルトを描いた名画の数々は、ボナールのマルトへの愛情によって生み出されたものだったと言ってもよいでしょう。
ボナールという画家に天啓を与えるミューズ、まさにそれがマルトだったのです。

下は、ピエール・ボナール作「逆光の裸婦」(1908年制作)です。この絵は、「薔薇の長椅子のある化粧室」、「オー・デ・コロン」という別題でよばれることもあります。
室内で行水をして体を洗い、コロンをふりかけるマルトの姿を描いた作品です。

ボナールコーヒーの出てくる絵画⑥


2人はずっと恋愛パートナーの関係でしたが、その愛が常に無風状態だったわけではありません。ボナールはマルトと同棲中であっても何度か他の女性と浮気もありました。例えば1921年、ルネ・モンチャンティという女性と2人でイタリア旅行に行ったという記録が残っています。
しかし、ボナールが愛の遍歴を繰り返すたびごとに、結局最後に帰っていくのは、マルトの元でした。
1925年に、ボナールは南仏に別宅を構え、それを機に正式に結婚しました。ボナールの浮気相手のルネ・モンチャンティはその入籍を知り、数週間後に自殺しています。
ボナールの付き合う女性は、マルトにせよ、ルネにせよどうも腺病質というか、ヤンデレ系が多いようです。

結局ボナールとマルトは30年間にわたる同棲生活の果てに結婚したわけです。それまで籍を入れていなかったのは、中産階級の生まれであったボナールの家族が下層階級のマルトとの結婚に反対していたからだと言われていますが、ピエール・ボナールの方にも実はいろいろと問題があったわけです。

ボナールの絵に出てくるマルトは、常に目口鼻が明確に描かれていません。年齢のよくわからない、逆に言えば常に若い女性がそこには描き出されています。つまり、ボナールの絵の中のマルトは、ほとんど年をとっていないのです。ボナールは、共に年齢を重ねているはずのマルトを、心の中では、出会った頃の、つまり実年齢24歳を16歳と偽っていた、出会った頃の謎だらけの女性のイメージのまま、ずっと愛し続けていたのではないか、と私には思えてなりません。

恋人を、もしくは妻を若い日の姿のまま絵に描き続けること、それが、ボナールの若干複雑な愛情表現だったのかもしれません。

結局ピエール・ボナールとマルト・ボナールは、1942年にマルトが死ぬまで添い遂げました。色々あったけれども、恐らくは幸せなカップルであったのではないかと私には感じられます。

最後の図版はピエール・ボナールの「庭に面した食卓の部屋」(1931~32年制作)です。ボナールもマルトも60代を迎えています。よく見ると、画面向かって左隅に、コーヒーをもったマルトが描かれています。この絵のマルトはさすがに白髪で相応の年齢に描かれています。色々あったけれども、2人で年齢を重ねた2人の平穏に満ちた日常と、コーヒーの描かれた素敵な絵だと思います。

ボナールコーヒーの出てくる絵画⑦

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ピエール・ボナール「コーヒー」(Le Café) その②

ピエール・ボナール「コーヒー」②です。

ピエール・ボナールが「コーヒー」の絵に描きこんだ縦縞模様についての続きです。
念のため、図版1としてもう一度ボナールの絵を掲げておきます。

ボナールコーヒーの出てくる絵画①<図版1>

実はこの間仕切りのような縦線は、ボナールが日本の浮世絵から学んだ画面構成なのです。ボナールは、印象派の後の世代の画家ですが、印象派以降の欧州の美術史を切り拓いた画家の多くがそうであったように、日本の浮世絵に強く魅かれ、その画面構成や画法に大きな影響を受けていました。
たとえばフィンセント・ファン・ゴッホ(1853~1890)が自らコレクションし、模写も残したことで、Jターンして後世に名作として伝わった、歌川豊国(三代)(1785?~1864)の「三浦屋の高尾」(1861年制作)という絵(図版2)をご覧ください。図版3はゴッホ作「タンギー爺さん」(1887年制作)です。背中の浮世絵の1枚が「三浦屋の高尾」の模写になっています。

ボナールコーヒーの出てくる絵画③<図版2>ボナールコーヒーの出てくる絵画④<図版3>

図版2をご覧ください。
役者さんの演じる女形の肖像の右に「三浦屋の高尾 咲くて色さへうとし杜若 久女三」と書かれた短冊が一緒に描かれています。この短冊は絵のタイトル兼説明と、杜若を詠みこんだ歌と画面が一体化した、詩画とも言うべきものです。役者絵なので、ブロマイドとかポスターのような役割をもった商業イラストというのが本来の意味でしょう。
恐らく、フランスの画家さん達でそのへんの機微や役者絵の背景をきちんと分かっていた人はあまりいなかったのではないかと私は思います。ゴッホがこの杜若の色を「うとし」と感じたという気はしません。むしろ、純粋に芸術として、こういった画面のデザインこそが、新しい絵の表現を求めるフランスの画家たちに、電撃のようなひらめきを与えたのです。
こういった画面構成の絵は、旧来の西欧絵画の伝統にはまったく無かったものでした。日本人には、現代のマンガに至る、ごく普通に受け入れられてきたセリフ付きの絵なわけですが、西欧人には衝撃のグラフィックアートです。日本の江戸期発のこういった画面構成にピエール・ボナールは強く衝撃を受け、自分の絵画に採りいれようとしていたのです。
ボナールは、何気ない日常の、コーヒーを飲むパートナーの絵に、浮世絵の手法を取り入れて、縦縞の枠をつけてみたのです。

ピエール・ボナールはナビ派(ナビとは、「預言者」という意味のヘブライ語で、絵画の新しい預言者となるという意図でそのグループが自称したものです)と名付けられた当時の新しい絵画運動の代表的画家の1人です。ナビ派は、絵画史的には、ポスト印象派とモダン・アートの中間点に位置付けられたりします。が、ボナールは、その仲間内でも特にジャポニスム(日本主義)の影響を強く受けていて、「ナビ・トレ・ジャポナール」(Nabis trēs japonard=極めて日本っぽいナビ派の画家)などと呼ばれた人でした。

「コーヒー」という絵は、ピエール・ボナールが、自宅の食卓でくつろいでコーヒーを飲むパートナーの女性を描いただけの室内画ですが、その奥底には、色濃く日本絵画の伝統が埋め込まれていた、というお話でした。

ボナールの日本志向が最も色濃く表れているのはこの絵(図版4)です。ボナールが27歳だった1894年に描かれた「砂遊びをする子」です。 掛け軸サイズの日本画そのものに見えませんでしょうか。

ボナールコーヒーの出てくる絵画⑤<図版4>


次回に続きます。次回最終回。




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ピエール・ボナール「コーヒー」(Le Café) その①

いつもアートコーヒーブログをご愛読いただき、ありがとうございます。


コーヒーの出てくる絵画、今回はピエール・ボナール(1867~1947)の
「コーヒー」(Le Café)を採りあげます。

ボナールコーヒーの出てくる絵画①

この絵は1915年に描かれています。
画面には、大きく赤白の格子縞のテーブルクロスが描かれています。その上に、コーヒーポットと、ボナール用なのでしょうか、もう1つ空のコーヒーカップ。それに木製の硯箱のような入れ物やガラス製のコップとデカンタが置かれています。
テーブルの向こう側に愛犬が行儀よく両前脚を食卓に乗せて、コーヒーポットを眺めています。たぶん、コーヒーの香りの出どころが気になるのでしょう。
中央にマルト、そして食卓の世話をしている家政婦さんのような人物がいます。この人物は顔の半分が画面の外になっていて、表情がよくわかりません。また、マルトは、犬の様子を見ながら、コーヒーを飲んでいます。彼女の眼鼻口もはっきりと描かれていません。
ただ、犬の表情だけが、ここには明確に描かれています。「おあずけ」の状態にある犬が、剽軽で愛らしく、この絵全体に柔らかで、穏やかな空気感を与えています。

この絵には、習作が残っています。
鉛筆でクロッキーのような感じでささっとスケッチしたものですが、この習作には犬とマルトは描かれていますが、隣りのメイドさんのような人はいません。油彩の実作に取り掛かった時に、マルトの右隣りの空間が寂しく思えたのか、後でメイドさんを書き加えた感じがします。
一方、このコーヒーを飲むマルトと愛犬の姿は、リアルな日常風景を描写したものであり、この習作を元に描かれたものだということがわかります。これは、コーヒーのある日常をあるがままに写生した、20世紀初頭のフランスの家庭の風景です。100年前も現在も、コーヒーの与えてくれる安らぎと穏やかさには変わりはありません。

ボナールコーヒーの出てくる絵画②

さて、この静かな室内の情景を描いた絵ですが、油彩画の画面右隅をみると、習作には描かれていない縦長の仕切りのようなものがあり、木と花のような模様が描かれています。その仕切りの模様は、マルトの背後にある絵の額縁の模様とシンクロしていますが、もちろん右側の縦線は、額縁をえがいたものではありません。窓枠とか家具、カーテンにしては唐突感があります。
この部分は「リアルな写生」ではないのです。ただ、油彩画の作品の全体からすると、そのリアルでないことにさほど違和感はありません。絵としてこの縦線模様のようなものは全体に調和して溶け込んでいるような感じがします。

この縦線模様については、次回に続きます。
え、そこ? と思われるかもしれませんが、この縦縞こそがボナールの本質とも言えるのです。



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新年のご挨拶

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