SCAJ2016 ブース出展のおしらせ

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本日は、アートコーヒーから大切なお知らせがあります。

アートコーヒーでは、この9月28日より、日本スペシャルティコーヒー協会主催の国際イベント、SCAJ 2016にブース出展いたします。

この催しは、アジア最大のスペシャルティコーヒーイベントです。
国内外から、コーヒー業界団体・企業・政府機関などが趣向をこらしたコーヒー展示ブースを出展するとともに、イベント会場では、ジャパン バリスタ チャンピオンシップを始めコーヒーのプロフェッショナル達による競技大会が一般公開され、また、国内外のコーヒー専門家による講演会も多数予定されています。世界中からコーヒーのプロフェッショナルが集う3日間です。

アートコーヒーでは、「Change the Standard」をテーマに掲げ、コーヒーショップをイメージしたブースを準備し、コーヒー展示を行います。


「サステイナブル」「スペシャルティ」なコーヒーを、特別なものではなく、「スタンダード」にしていきたい、という想いをこめて、今回の展示テーマといたしました。新しい、「Next ART COFFEE」をご覧いただきたいと考えております。


ブースではART7の試飲をしていただくとともに、ブラジル・イパネマ農園テロワールプロジェクト及びフェアトレード認証コーヒーのマイクロロットのカップセッションを開催いたします。

また、私たちのコーヒーを作ってくださっている、ブラジル側パートナー、イパネマ農園のマネージャーを特別ゲストにお迎えし、現地でのコーヒー栽培についての様々なお話をしていただきます。



イベント名: SCAJワールド スペシャルティコーヒー カンファレンス アンド
       エキシビジョン 2016 (SCAJ 2016)
URL : http://www.scajconference.jp/
出展日時 : 2016年9月28日(水)、29日(木)、30日(金)
        10:00~17:00(最終日は16:00まで)

出展場所 : 東京ビッグサイト(東京都江東区有明)西4ホール・ブース番号4-2



アートコーヒー社員一同、皆様のご来場を心よりお待ちしております。









「アートコーヒーがつくる、おいしいコーヒーのスタンダード」
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ルノワール「アントニーおばさんの宿屋」 その④

ルノワール「アントニーおばさんの宿屋」④です。最終回。


「アントニーおばさんの宿屋」のモデルの1人と言われているジュール・ル・クールは、1865年にマルロット村に家を買って住んでいました。前回掲げたルノワールの絵は、マルロット村から、フォンテーヌブローの森に飼い犬たちと散歩に出かけるル・クールの姿を描いたものです。
このジュール・ル・クールには当時、クレマンス・トレオという恋人がいました。彼女はマルロット村のル・クールの家に同棲していたのですが、妹が時々遊びに来ていました。その妹の名はリーズ・トレオといいます。リーズは当時17歳のお針子さん。24歳だったルノワールは、友人でありまた支援者でもあったル・クールを通じて、リーズと出会い、恋におちます。


それ以来、ルノワールはリーズをモデルにして何枚もの絵を描いています。そのうちの1枚が「日傘をさすリーズ」(1867年制作)です。この絵は、翌1868年にパリのサロンに出品され、ルノワールは「エスメラルダ」以来4年ぶりにサロンに入選しました。

当時のサロンは、まだ保守的な世界で、日傘で陰になった顔の表情が見えにくいという理由で低い評点をつける審査員も多かったそうです。


⑤1867日傘をさすリーズ





しかし、現代の我々からするとこの絵は、すでに後の時代に連なるルノワール絵画そのものです。光と影のコントラスト、そして風や陽光まで感じられる風景の中にポージングする、ぽっちゃり系の女性。ルノワールの全作品6000枚の本当の始まりは、この絵かもしれません。

この絵を見て私が思い出すのはクロード・モネの名作「散歩‐日傘をさすモネ夫人とジャン」(1875年制作)です。明らかにルノワールの「日傘をさすリーズ」の影響が見てとれます。印象派絵画は、このようにして、光の中の美しい女性たちの姿から始まったのです。

⑥1875モネ日傘をさすモネ夫人とジャン






最後に後日談です。1870年に普仏戦争が勃発、ルノワールは徴兵されて、ルノワールとリーズ・トレオの間に、1年間の遠距離恋愛期間ができてしまいます。結局ルノワールは赤痢にかかって除隊となり、翌年帰ってきたのですが、「目に遠きは心遠きなり」の言葉通り、2人は破局を迎えました。
リーズは、建築家のジョルジュ・ブリエールと1972年に結婚しています。一方、ルノワールの方は、1973年にジュール・ル・クールの姪であった、16歳のマリー・ル・クールに恋文を送り、それがジュール・ル・クールにばれて、さすがに怒りを買い、以後ル・クール家から絶縁されてしまいました。
その後の、かなり女性遍歴の激しかったルノワールの人生を考えると、リーズもマリーも彼と結ばれなくてよかったのかもしれません。


今回は若き日のルノワールの話でした。ルノワールの画家としての真価発揮はこの後の話です。ここまでお読みくださった方、ありがとうございました。また別の話題でお目にかかりましょう。



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ルノワール「アントニーおばさんの宿屋」 その③

ルノワール「アントニーおばさんの宿屋」③です。


今回のテーマ、「アントニーおばさんの宿屋」という絵は、フォンテーヌブローの森の南にあるブーロン・マルロット村にある安宿です。ルノワールは、20代の日々、この宿屋の部屋で絵を描いていました。その宿屋の中の酒場兼食堂に、友人やお世話になった人を座らせた絵を描いたのです。

この絵のモデルの男性3人には諸説あるのですが、画面こちらに背中を向けて、中折れ帽をかぶって煙草を指にはさんでいる男性は、画家仲間で、親友のアルフレッド・シスレーだというのが定説です。また、テーブルの向こうで青い服を着て立っている男性は、マルロット村出身のアンリ・ミュルジェール(1822-1861)ではないかと言われています。この宿屋の絵が描かれた1866年には既に故人ですが、マルロット村を代表する有名人としてルノワールがリスペクトをもって描いた可能性があります。このミュルジェールという名前は日本ではあまり知られていませんが、詩人・小説家で、その代表作「ボヘミアン生活の情景」(1849年)はプッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」(1896年初演)の原作となりました。マルロット村には、この小説家を記念して、ミュルジェール通りというのが今も残っています。


シスレーの向かいに座っているのは、画家・建築家のジュール・ル・クール(1832-1882)という人です。ジュール・ル・クールは、駈け出しだった9歳年下のルノワールに目をかけ、色々サポートしてくれるメンターであり、経済的支援者でもありました。このル・クールは犬好きで、飼い犬を連れてフォンテーヌブローを散歩するのが好きでした。その姿を、ルノワールは描いています。

下は、ルノワール作のフォンテーヌブローの森を描いた作品で、「画家ジュール・ル・クールとその犬たち」(1866年制作)と題されています。この作品と、「アントニーおばさんの宿屋」とは同じ制作年です。




次回に続きます。次回最終回。


④1866 Perre-Auguste Renoir - Le Peintre Jules Le Cœur











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ルノワール「アントニーおばさんの宿屋」 その②

ルノワール「アントニーおばさんの宿屋」②です。


今でこそ、知らない人はいないくらいの有名画家であり、その名前が日本の喫茶店チェーンの名前にもなっているルノワールですが、労働階級の家の出で、若いうちはお金もなく、成功をつかむまでに相当苦労を重ねてきました。


ルノワールは、1841年、裕福とは言えない仕立屋の父と、お針子さんだった母の間の7人の子供の6番目としてフランスのリモージュで生まれました。しかし長兄と次兄は幼くして亡くなっています。労働階級には、小児科医療はまだ遠い物だったのです。
ルノワールの一家は、彼が3歳か4歳の時にパリに引っ越しました。パリの家はルーブル美術館のそばでした。ルノワールは小さい頃からフランスの歴史的な美術品を見て回る機会に恵まれ、それが晩年になってラファエロ(1483-1520)に寄り添い、古典主義を志向する素地を作っていったのかもしれません。

ルノワールは、カトリック学校に通うかたわら、13歳の時に父親の言いつけで、磁器工場で、皿の絵付けの仕事の見習いとして働き始めました。絵には幼い頃から才能があったのでしょう。
しかし、時代は産業革命の19世紀。世の中はどんどん進んでいます。工業用の機械技術が短期間で圧倒的な進歩を遂げ、皿やカップなどの絵付けは、職人の技術より機械でプリントした方が安いということになりました。磁器の絵付け職人は職を失っていったのです。

磁器工場をお払い箱になったルノワールは、ずっと好きだった絵を続けたいと懇願し、1862年、21歳で官立美術学校(エコール・デ・ボー・ザール)に入学、平行してシャルル・グレールの絵画塾に入ります。このグレールの画塾で、エドアール・モネ(1840-1926)、アルフレッド・シスレー(1839-1899)、フレデリック・バジール(1841-1870)といった画家の卵たちと知り合いました。また友人モネを通じて、カミーユ・ピサロ(1830-1903)、ポール・セザンヌ(1839-1906)といった画家仲間とも知己を得ます。やがて、印象派絵画の扉を開いていく画家たちの邂逅でした。

ルノワール、モネ、シスレーらはいわば若き天才たちです。グレール先生の絵画技術を学び取るのにそう時間はかかりませんでした。ルノワールらは、アトリエ室内で静物ばかり描かされるのに嫌気がさし、結局画塾を飛び出してしまいました。



1864年、ルノワールはパリの「サロン」と呼ばれる芸術アカデミー展に入選しましたが、この実質的なデビュー作は、ヴィクトル・ユーゴーの小説「ノートルダム・ド・パリ」に題材を取ったもので、「踊るエスメラルダ」という絵でした。しかし、どうやら後で、ルノワール自身が破って捨ててしまったらしく、現存しません。

画壇にデビューしたルノワールは、パリ市民が夏のバカンスを過ごすパリ郊外に赴き、風景を描くようになります。室内の静物よりも、光あふれる自然の中にいる人物を描きたいと思ったのです。彼が尊敬していた田園風景画家ジャン・バチスト・カミーユ・コロー(1796-1875)が描き続けたフォンテーヌブローの森のそばの田園地帯に、ルノワールも足しげく出かけていきました。その田園地帯にあるバルビゾン村の名をとって、コローの一派はバルビゾン派と呼ばれていました。

コローにあやかりたいと、ルノワールがその地方で好んで通ったのは、バルビゾン村とは逆側、すなわちフォンテーヌブローの森の南にあるブーロン・マルロット村です。人口500人という小さな村です。この村を拠点に彼は、森や田園風景を描いて腕を磨いていたのです。



参考図版は、ブーロン・マルロット村で、アントニーおばさんのやっていた宿屋があったところです。
壁には、ルノワールがこの地で「アントニーおばさんの宿屋」を描いたという記念のプレートが付けられています。




次回に続きます。


70②Bourron-Marlotte 宿屋のあった場所70③Bourron-Marlotte記念碑









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ルノワール「アントニーおばさんの宿屋」 その①

コーヒーの出てくる絵画の話、今回はピエール・オーギュスト・ルノワール(1841-1919)の絵を採りあげます。


作品をご覧ください。日本では「アントニーおばさんの宿屋」(1866年制作)と呼ばれているものです。3人の男たちが食事を終えて談笑しており、そのテーブルをウェイトレスさんが片付けているところです。ウェイトレスの名前はナナさんだとわかっています。(ちなみにプードル犬の名前はトト君です。)

食べ残しのパンやお皿とともに、飲み終わったコーヒーカップをかさねている様子が描かれています。テーブルに付いている中折れ帽の男は、指に煙草をはさんでおり、向いに座っている男はコップに残ったワインをもっと飲もうとしているようです。男たちが楽しそうにおしゃべりをしているのに比べ、ナナさんの顔は少し曇っているように見えます。ワインの入ったコップを片付けようとして、テーブルの男に「まだ飲んでるんだよ」と文句を言われたのではないか、と私は妄想しています。ナナさんは、やれやれ酔っ払いは困るわ、コーヒーの後にまたお酒、とちょっと辟易しているのかもしれません。よく見ると、この絵にはもう一人、壁側に向かって立っている婦人の姿が描かれています。後姿の一部しか見えないのですが、この婦人がこの宿屋のオーナーのアントニーおばさんです。
原題はフランス語で、「Le cabaret de la Mère Anthony à Bourron-Marlotte」、意訳するとブーロン・マルロット村でアントニー・ママがやっている宿屋の酒場、という意味です。



絵にお詳しい方は、いつも目にしている典型的なルノワール作品とは少し雰囲気が違うな、と感じられるかもしれません。
この絵を描いた時、ルノワールは弱冠25歳。この2年前にパリの芸術アカデミーの公式展覧会、通称「サロン」に「エスメラルダ」と題した油彩画が初入選し、画家としてのキャリアを始めたばかりです。まだ、のちの、ルノワールらしい、光と風のあふれる画面や、大人の女性や少女の美しさを華やかにとらえた絵ではありません。

ただ、この絵にはルノワールの青春時代が活写されているのです。今回の連載は、それについて少しご説明いたしましょう。



次回に続きます。


①1866アントニーおばさんの宿屋


















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